Aハノイ


空港からハノイ市内までは一時間ほど。途中、帰宅ラッシュのバイクと遭遇。

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宿泊したヒルトン・ハノイ・オペラ
市内の中心部にあるが、2泊だけなのでメリットは無かったです。
隣接する大劇場と調和したコロニアルスタイルです。

夕食はハノイ名物
チャー・カー(魚料理)
北部の代表料理
で口に合いました。

ワイフは昼の氷で?
腹痛症状が続く

世界遺産ハロン湾へ行く途中
刺繍工場を見学。




整備された道路を、高速道路並みのスピードでハノイからハロン湾まで約4時間ほど。
ハロン湾は相当の混雑


豪華なシーフードランチも
ワイフは腹痛で・・・・。



ランチの時、外は急な雨模様。
船内からの景色を楽しむ。


4時間ほどのクルーズ。
ハロン湾は世界遺産登録されたベトナム
きっての観光地。静かな海面に大小
数千もの奇岩・奇峰が連なる景色は
「海の桂林」とたとえられる。



日本の民謡にも似ていると感じるが、懐かしい楽器の調べと威勢のいい
合いの手にのって、小さな人形が池のステージを動き回る水上人形劇。
農村の生活や土地に伝わる民話などを題材に、17の短編で綴られて
いく1時間ほどの劇です。



土産に買った水上人形は今も元気。
玉山祠


ホアン・キムエ湖から赤い木橋で境内へ入る。周囲の賑わいとは隔絶されている。
ベトナムが中国に支配されていた15世紀初め、のちに皇帝となったレ・ロイが反乱
を起こした。その時に勝利の宝剣を渡したのが、湖に棲む大ガメだった。中国を
破り黎朝を築くと宝剣を返したといわれる。ホアン・キムエとは「宝剣を返す」の意。


全長2メートルのカメのはく製。


ホーチミン廟

当日は34度の暑さ。廟の前は入場の順番を待つ長い列。ホーさんの国民的人気が推測される。私達は観光客のため列を待たずに別の入り口から入場。高校生だろうか2時間も待ち続けているという。その内の一人が暑さのため倒れた。なんだか観光気分で来て悪いような気がした。


ホーさんが住んだ質素な家にも
長い行列が


ハノイのガイドさん

ハノイ大学で日本語を学んだ
という。勉強熱心で、ベトナム
の愛国心が伝わって来ました。
ベトナムの将来を熱く語って
いました。





一柱寺

蓮池に浮かぶ一本足の
小さな堂




昼食はシーズン・オブ・ハノイ

ベトナム要人御用達の店として知られている。
伝統的なベトナム料理レストラン。
旧市街のはずれ、フレンチコロニアルが
立ち並ぶ静かなエリアの一角にある。

グリーンの器や上品な盛り付けがGood!!




ワイフが下痢をしている事をガイドさんが知り、店に頼んで用意してくれました。
代金はガイドさんが立て替えたのですが、2日間楽しかったので支払は結構
ですとの事。有難く気持ちを受けお金では無く、あとで品物を手渡しました。
リンゴの味に似ている果物のようで、不思議と下痢は収まったようです。




シクロ(人力車)30分の乗車体験
シクロから写した街の風景です。



「陶磁器の村」ジッチャンではなくバッチャンへ
ハノイから車で30分、紅河デルタに広がるのどかな田園地帯にある。
なんと見学する陶磁器店へは洪水のためボートで行く事に。




急にやってみないかと言われ体験。思ったより難しい。


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6日間はあっという間に過ぎ去り、ハノイ空港を1時間遅れの18時に再びホーチミンへ向け出発。今回のベトナム旅行は、ベトナムの活気から元気をもらい、色々と刺激を受け、又、食事も口に合い予想以上の楽しい旅行になりました。もう一度行きたい国です。
ハノイで国際線に乗り換えですが、当時は空港が改修中で、国内線から国際線へは一度外へ出ての乗り換えでした。
解りづらく外を歩いているとこのごろ滅多に見ないネズミと遭遇。やっと国際線ゲートへ着くと成田行きVN950便は23時発の為中には未だ入場出来ない。外は暗く、軽食の店も何もない。仕方がないので、搭乗券を見せゼスチュアーを交えてやっと入場させてもらった。
成田へは早朝の6時45分無事到着。

これも今では懐かしい思い出となりました。この年の前後に暗い事がありましたが、それらを忘れさせる旅となったのです。